書評:中島祥和「遥かなるマッキンリー」

   植村直己の評伝である。植村に関しては、彼が記した著作から詳細にうかがい知ることが出来る。しかし本書は、他者から見た彼の人物像を知る上で、非常に興味深いノンフィクションとなっている。


  編年体で記述される彼の「冒険」を読んでみると、「冒険家」というよりも「登山家」としての姿が鮮明に浮かび上がる。明治大学山岳部同期の北米マッキンリーのトレッキングに誘発されてのマッキンリーへの憧憬。エベレスト日本人初登頂を経て、マッキンリー厳冬期単独初登頂を果たした後、消息を絶った。奇しくも43歳の誕生日2月12日のことである。


  本作は、シャイで照れ屋であった植村の姿を第三者の目から描き出した労作である。作者は、山岳部時代の二年先輩であり、ノンフィクション専門ライターが記すには困難である隠れたエピソードが、暖かい眼差しで描かれる。


>植村は小林家へ大きな石を数個持ち込んでいた。墓前にそなえるためだった。
>(略)この石は、登るときよりもはるかに困難な下山時に、
>どんなにその背を圧迫したことか。
>(略)どこの国の登山隊に、コブシ三つ分以上はある石を五個も六個もエベレストの頂上からかつぎおろすやつがいるか---。


  シャイであるが故に、自著で晒されることのなかったエピソードである。


 そして終章。 植村遭難の報を受けた明治大学炉辺会(山岳部OB会)は、二度に渡り捜索隊を厳冬期マッキンリーに派遣する。中には職を投げ打って、捜索隊に加わるOBもいた。街では、貯金箱から小銭を寄付する小学生の姿もあったという。冒険家であろうが、登山家であろうと関係ない。彼の人間としての魅力がたっぷりと詰め込まれている作品である。


p.s.
本文で書きましたように、
植村直己には著作が数多くあります。
お勧めは、「青春を山に賭けて」と「極北に駆ける」です。


p.s.
本書の巻末に、
年譜が掲載されているのですが、
「私と同年齢(33歳)の時はどうだったのかな?」
と調べてみると、「五月、公子(夫人)と結婚」・・・だそうです。
・・・その半年後の十一月、「北極圏単独犬ぞりの旅へ出発」。うーむ。。