書評:高田崇史「QED〜ventus〜熊野の残照」〜旅情ミステリとモエモ

  温泉に行ってきました。
  ボロくて安い宿だけど、温泉は本物だし(多分)、せせらぎの音も涼しげで、とてもよいところです。なによりも他に客が、だーーれもいなくて、温泉貸しきり状態なのが嬉しいことでした。あ、飯はあんまり美味くありません。あと独身中年二人(兄弟?)が、切り盛りしているので色気は全くありません。というか、ちょっと不気味です・・・。

  
  今回は、湯治が目的だったので(嘘、仕事で疲れた身体の骨休めです)、ほとんど宿の部屋に引き篭もって、ビールを飲みながら本を読み、窓からの山緑を楽しんできました。いそいそと観光地巡りをするのではなく、畳でゴロゴロしながら都会を忘れるのもよいものです。


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  さて、旅先で本を読みました。「行動経済学入門」という心理学的アプローチから、伝統的な経済学に殴り込みをかけるスリリングな本も持っていったのですが、やはり旅情を誘う本に手が伸びてしまいます。



  高田崇史QED〜熊野の残照」。このQEDシリーズ、以前も述べましたが、基本的に民俗学的薀蓄本でありますが、主人公たち御一行が、旅先で事件に巻き込まれるという体裁であり、旅行本でもあるわけです。で、今回は紀伊の国は熊野の神々にまつわる話が展開されます。
  シリーズ未読の方が、大多数だと思いますので、まずは簡単な説明をしますと、鎌倉、岡山等々を舞台にして、その地にまつわる民俗伝承、あるいは歴史事象を具材にして、薀蓄話が展開されます。その基本的な決め事が、「騙り」というものです。
  「騙り」とは、時の為政者の隠しておきたいことを後世に伝えるための便法であります。例えば、出雲という地名。雲が出る国と理解認知されますが、真実は、雲=蜘蛛(クモ)であり、「蜘蛛という人々の出る国」ということが「騙り」隠されているのだ、というそうです。

  
  そして、このシリーズもう一つの作りが、安直ミステリです。これは、ぶっちゃけどうでもよいチンケな事件に主人公たちが遭遇して、まあ、イロイロな偶然等に助けられてめでたく解決してしまったりするというわけですね。
  さて、今回の「熊野の残照」ですが、なんの薀蓄であるのか?もちろん熊野の神々であったり、不老不死伝説である徐福伝説であったりするのですが。うーん、今回はちょっと弱いかな・・・。でも、古代史が好きな人は、結構唸りながら楽しめる趣向かと思います。

  
  ここからは、マニアックな話です。今回の作品は、今までとずいぶんと毛色が違うつくりになっています。語り手が、主人公の女友達(=ヒロイン、助手役)ではなく、別の人物であるということ。この人物配置によって、今までその形態上制約があった助手役女性がクッキリと描写されています。従って、昨今巷を賑わせる「萌え系」が好きな人は、モエモエしてしまうのではないかと思います。
  そしてもう一つの相違点。先ほど述べた本シリーズの柱の一本、現実のミステリが無いのです。ミステリはあるのですが、これは過去のミステリであり、ドタバタが回避され、より純粋に薀蓄方面を堪能できる仕組みになっています。そういう意味で、この作品は分水嶺となる可能性も示唆しており、今後が楽しみなシリーズであります。

  
p.s.
旅先では、
村上春樹象の消滅」という
逆輸入版?の短編集も読みました。
その中に「沈黙」という作品があるのですが、
え?っテ思うほど、「らしくない」現実感溢れる作品で驚きました。