書評:矢作俊彦「リンゴォ・キッドの休日」第二回

  矢作俊彦「リンゴォ・キッドの休日」の続きです。


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  ここで、無用な揚げ足取りかもしれないが、人物造形について考察してみる。
  娼婦の女性の視点から、二村は次のように描かれる。


>「あんたって、本当にIVYだね。
>細っこいニットのタイに、ワイシャツはボタンダウンだ。
>太いベルトなんかしちゃってさ。はやらないよ」


  また容疑者の少年に対して、二村は次のように話しかける


>「ぼくは知らない。(中略)しかし、ぼくは、彼らと違う。ぼくは信じないぜ」


  刑事らしからぬ流行のファッション(当時の)に身を包み、これまた刑事らしからぬフレンドリーな口調で少年に話しかける人物。しかし、主人公の内面を語る次の描写。


>出来れば、拳銃を口に突っこみ、引き金を引いてしまいたいくらいだった。


に代表されるように、内面描写に関しては、あまりに冗長であり、人間性・人物像が浮かび上がってこないのだ。
  そうしたわけで、本作品は、ハードボイルド小説の王道の形を成しながら、しかしその理想形と断ずるに躊躇する次第である。孤高のヒーローに対しても、登場人物を少しでも深く知りたいと思うのが、私の贅沢な願いなのである。


  最後に、蛇足かもしれないが、解説(池上冬樹)における大沢在昌の言葉。


>(略)『リンゴォ・キッドの休日』を読んで衝撃を受けて布団被って寝ちゃうんですけどね。
>俺はこんな華麗な比喩を使った文章を書けない。

 
  そうなのだ。ひたすらに文章に固執注力した斬捨て御免!な小説なのである。ただし、本作にカブれたあまりに、蠱惑的なフレーズを街中で披露したら、ちょっと変な人なので、ご注意を!!



p.s.
本文で紹介した二村刑事シリーズ(?)。
昨年、突然に刊行され巷間の話題を沸騰させた
「THE WRONG GOODBYE ロング・グッドバイ」が第三作目になります。
そこでめでたく、本作と二作目の「真夜中へもう一歩」が復刊されました(後者は本日発売!)。


本文で、イロエロ偉そうに書きましたが、
二作目以降はまだ未読なので(すみません)、
作者の筆力が格段の進歩を遂げていることを大きく期待している私です。


p.s.
「布団を被って寝ちゃった」大沢氏ですが、
翌年、1979年に「感傷の街角」でデビューを果たして、
第一回小説推理新人賞を受賞して、その後の活躍は周知のとおりです。