書評:矢作俊彦「リンゴォ・キッドの休日」第一回


  1978年刊行。四半世紀前の小説である。
  本書には、神奈川県警所属の二村刑事が活躍する二つ中篇が収録されている。2004年に発表され、驚嘆をもって迎えられた「THE WRONG GOODBYE ロング・グッドバイ」の二村を主人公に据えたシリーズ第一作である。 
  特筆すべきは、収録された二作品、いずれの掌編においても、二村が非番である時を舞台に設定していることである。こうした組織性の排除への苦心、紡ぎ出される軽妙洒脱な会話、そして時に簡潔、時に流麗なる描写を使い分けて綴られる物語。これはまさしくハードボイルド小説の王道であることに異論はない。だがしかし、ハードボイルドの理想形であると断言するには、少しばかり躊躇する。その理由については、後に述べることにして、話を進める。

  
  本書に収録された二作品の特長は、なによりも華麗な比喩を駆使した文章であろう。


>急な坂の途中に、電話ボックスが危なっかしい垂直を主張していた。


>うららかな陽よりに、昔がぷんと匂うような通りだった。


>とっつきには、フィニッシュをウルトラCで決めた体操選手みたいな枝ぶりの梅が一本植えられ(略)


  地の文を三箇所引用してみたが・・・。笑ってしまうほどにキザである。人によっては虫酸が走るかもしれない。だがしかし、会話文も含めて、万事がこの調子であり、病み付きになってしまうのである。
  こんな文章を息を吐く間もなく叩き込まれたら、もう華やかなストーリーも、派手なアクションシーンも、ましてやトリッキーな解決へ進軍する緻密なプロットも必要ないだろう。


(この項続く)