アメリカを考える〜その一

  アメリ同時多発テロ(9.11)から四年目。事件について、早々に歴史として捉えてしまうことは、記憶の風化へ繋がることであり、戒めたいと思っています。しかしながら、一つの契機として、今回と次回に渡って「アメリカ」という国について考えてみようと思います。


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  アメリカ合衆国は、リンゴの国と呼ばれていますね。
  ニューヨークが、ビッグアップルと愛くるしく親しまれていることはよく知られています。生き馬の目を抜くとも呼ばれる大都会ですが、一方で広場では赤、緑の色艶やかなリンゴが、山積みされている様子は、ほのぼのと感じられます。

  
  そして、ニューヨークだけではなく、国全体がリンゴに例えられています。すなわち西海岸及び東海岸が、リンゴの皮であり赤く色づき、その中間の広範な地域は剥かれたリンゴの果肉、芯であるという捉え方です。
  この8月末、メキシコ湾に発生したハリケーンカトリーナ」が、アメリカ南部を襲い、8月30日には堤防が決壊したこともあり、アメリカ史上最大の自然災害をもたらしました。リンゴの果肉・芯のお尻の部分に被害が出たわけです。タイムリーに、リンゴの果肉の地域、というより「芯」であるミシシッピ川について詳細に書かれた本を読みました。


  J・M・バーダマン「ミシシッピアメリカを生んだ大河」(講談社選書メチエ)。
  幼少期に、「ハックルベリー・フィンの冒険」に胸躍らせた方もいらっしゃるでしょう。高じてロックン・ロールに目覚めた思春期には、聖地メンフィスを遠い目で想像したかも知れません。
  そんなアメリカ人にとっても、私たち日本人にも郷愁を誘わせるミシシッピ河を遡ってみることにしましょう。


(この項つづく)